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東京都写真美術館・映画「瞽女GOZE」上映イベント公演

 2021年4月3日(土)より、恵比寿ガーデンプレイス内にある「東京都写真美術館」において、最後の瞽女「小林ハル」さんの半生を描いた映画「瞽女GOZE」の上映会が始まりました。

 この作品では、私の師匠である萱森直子先生と共に「瞽女唄指導」を務めさせて頂き、また、映画冒頭で私の唄を使って頂いております。

 映画上映の関連イベントとして、4月18日(日)に開催される「瞽女唄公演」に出演することになりました。

 13:30 映画上映
 15:21 終了
 休憩後、瞽女唄公演(約1時間)


 チケットは当日券のみ
 ・一般 1800円
 ・学生 1500円
 ・中学生以下 1100円
 ・シニア(60歳以上) 1100円
 ・障害者手帳をお持ちの方(介護者2名まで) 1100円
 ※イベントのみ参加希望の方は、当日のチケットをお持ちの上、15:20までにホール受付へお越しください。

 4月20日(日)までの上映期間中、瀧澤正治監督や出演者によるトークイベント等も予定されています。
 詳細は、東京都写真美術館ホームページをご覧ください。
      ↓
 http://topmuseum.jp

 東京都写真美術館チラシ(表)
 東京都写真美術館チラシ(裏)

西東京市 地域講座「瞽女唄が聞こえる」終了のご報告

 2021年3月4日(木)に、下保谷4丁目特別緑地保全地区内にある旧高橋家にて、西東京市・地域講座「瞽女唄が聞こえる」の講演をさせて頂きました。

 旧高橋家外観2021.3
 旧高橋家外観

 本来は昨年企画されていた講座だったのですが、緊急事態宣言の為直前で延期となり、今年はどうにか感染症予防対策を行った上で開催することが出来ました。
 昨年から楽しみにして下さっていた方も多かったようで、1回20名限定、午前午後の2回講演は、受付開始30分で予約がいっぱいになる人気だったそうです。

 下保谷には、「毎年3月頃に瞽女さんが訪れて来た。」という記録が残されており、この高橋家にも実際の瞽女さんが来たであろうとの事。
 趣のあるお屋敷にて、当時の瞽女さんたちに思いを寄せながら唄わせて頂きました。

 2021.03.04西東京市演奏風景
 演奏風景

 皆さんにはごぜ唄の力強さを感じてもらえたようで、「思っていたのと違ってびっくりした。」「独特の世界観」「初めて聴けて良かった。」等のお声を掛けて頂きました。

 帰りには、旧高橋家屋敷林保存会の高橋さんから竹細工のお土産を頂き、温かな人々に囲まれ、幸せな1日でした。

 2021.03.04西東京市竹細工
 手作りの竹細工

 保谷駅前公民館の皆さん、旧高橋家屋敷林保存会の皆さん、観に来て下さった皆さん、ご協力頂いた皆様方に感謝致します。

 2021.03.04西東京市皆さんと
 保谷駅前公民館、旧高橋家屋敷林保存会の皆さんと

テーマ : 日本文化
ジャンル : 学問・文化・芸術

ごぜうた⑤CD発売のご案内。

小関敦子によるごぜ唄CD第5集、「ごぜうた⑤~高田瞽女篇~」の発売を開始しました。

 ご購入はこちらから
      ↓
 ごぜうたCDショップ「妙音」

 一口に越後瞽女といっても地域ごとにさまざまなグループがあり、組織や修行の在り方、暮らしぶりや旅先などにそれぞれの違いがありました。
 師匠の師匠、最後の瞽女と言われた小林ハルさんは越後の中でも最も大きな組織であった「長岡瞽女」に所属していましたが、その次に代表的な組織だったのが「高田瞽女」でした。

 師匠の萱森直子先生が、盲老人ホーム「胎内やすらぎの家」に入所していた小林ハルさんの元へお稽古に通われていたころ、同時に高田瞽女であった杉本シズさんも同じ施設に入所されていて、「シズの唄がなくなってしまうから。」というハルさんの薦めもあり、シズさんにも唄を教わったのだそうです。

 ごぜうた①~④にも何曲か高田の唄を紹介しているのですが、今回は高田の唄のみを集めてみました。
 最後の高田瞽女であった杉本家の演奏は、三味線の手が凝っていて軽快な印象の曲が多いので、今までとは少し違った雰囲気を感じてもらえるのではないかと思います。

 ごぜうた⑤ジャケット

  -収録曲-
 1、かわいがらんせ
 2、山椒太夫1段
 3、山椒太夫2段
 4、新保広大寺節
 5、しげさ節

 ご購入はこちらから
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 ごぜうたCDショップ「妙音」

瞽女さの声は倍音か。

2020年11月24日(火)
2月28日以来、新型コロナウィルス感染拡大の影響により控えていた新潟の萱森先生のお宅でのお稽古に9か月ぶりに行きました。

感染予防のためマスクをしたままでのお稽古。
祭文松坂(物語を語る演目)はボロボロだったけど、ずっと苦手だった越後追分で初めて褒めて頂きました\(^o^)/

越後追分を初めてお稽古したのが2013年の4月との記録があったので、かれこれ7年半もかかりました。
形を追うのではなく、その場の気持ちでイメージしたものをそのまま声にする感覚。
「これならハルさん(萱森先生の先生)も私に言ってくれたように『あの爺さんに聴かせてやりたい。』と言ってくれるんじゃないかしら。」と言って頂いたのです。

続けてきたからこそ味わえる喜び。
素直に嬉しいです!(^^)!

ハルさんの越後追分が格別だった分、自分が人前で演奏するのは遠慮していた演目だったのですが、今後は皆さんにも聴いて頂けるよう、更に研鑽を積みたいと思いました。


この日は久しぶりのお稽古だったので、唄のお稽古よりもたくさんのお話をしました。
ごぜ唄をより深く感じるためには大切な時間です。

そのお話の中で気になったのが、声のお仕事をしているある人が「ごぜ唄の声の特徴は倍音になっているところ。」と言っていた。というものでした。

声が二重になって聞こえる感じでしょうか?
科学的に分析したわけではないのでわかりませんが、古い瞽女さんたちの録音を聴くと確かにそのような感じはあるかも知れません。
声の質は色々でも、共通して声の厚みがあるというか、震動して聞こえる感じというか・・・

ごぜ唄独特の声の響きについて考えるときに一つの指針になりそうなので参考にしたいと思いました。

ただ、意図的に倍音を出そうとすると、私の好きなごぜ唄の実直さというか飾り気のない感じが損なわれてしまいそうなので、「出しているうちに出る。」というハルさんの言葉を信じ、あくまで参考まで。

2020.11.24白鳥
 お稽古後に行った瓢湖上空にて
  白鳥の群れ

ごぜ唄の在り方についての考察

 日本の山村から盲目の女性旅芸人“瞽女(ごぜ)”の姿が消えつつあった昭和40~50年代ごろ、その消えゆく芸を記録に残そうと、残り少ない瞽女経験者たちの唄が盛んに録音されました。中には五線譜に書き示した資料も残されています。
 それらの録音や資料のおかげもあり、私はごぜ唄に出会い、多くの人と出会うことができました。

 しかし、誰もが手に入れられる記録が残されているがために、記録こそが“ごぜ唄の全て”と捉えられ、それとは違った形や文句について「これは記録とは違うからごぜ唄ではない。」「本物通り出来ない人の為に簡単にした偽物だろう。」というような意見を頂戴することがあります。

 私は実際に瞽女ではないので“偽物”と言われても仕方のないところはあるのですが、最後の瞽女、小林ハルさんから萱森先生へ、そして私たち“さずきもん”のメンバーへ、人から人へだからこそ受け取ることができた、大切にしていきたいと思う“ごぜ唄”があります。

 そのひとつが「形がない」という特徴です。

 師匠の萱森先生が、最後の瞽女小林ハルさんのもとへお稽古に通っていた当時、ハルさんにお手本を演奏してもらうといつも違う形で演奏されるので、その度に録音した演奏を真似して練習するのに苦労をしたのだそうです。そしてそのうちに、全てをコピーすることが無駄だと気づき、止めたのだとか。

 録音のない時代、目の不自由な瞽女さんたちが書き物なしでどのように曲を覚え、それを人前で演奏しながら習熟させ、キープしていたのか。

 きっと、聞き覚えた唄のイメージや雰囲気を再現し、印象に残った“感じ”の三味線をつける。そのうちに他の師匠から習った瞽女さんと旅をし、その人の唄の“感じ”が自分のものと入り交ざり変化していく。
 そんなことが繰り返されていくうちに、瞽女さんたちはいかような形でも演奏できるのが当たり前のように身についていったのではないでしょうか。

 萱森先生のお稽古では一つの演目を形作るための手掛りとして“楽譜のようなもの”を頂くのですが、この“楽譜のようなもの”の通りに音を再現できれば完成というようなものでは決してありません。大切なのは“楽譜のようなもの”を手掛りにしても、当時の録音を手掛りにしても、その演目を唄い込んだり、人前で演奏したりして習熟させていくうちに“変化”させることのできる力量なのです。


 そして、ごぜ唄の特徴として萱森先生が最も強調して仰るのが音の“響き”です。

 以前とある本に、西洋音楽がメロディ、リズム、ハーモニーを重要視するのに対し、日本の伝統的な音楽には和声がほとんどなく、拍のない音楽もあり、重要なのは音色と音の表情だった。
 と記載されているのを読んで、妙に腑に落ちたことがあります。

 日本人は潜在的に、音を耳ではなく感覚で捉える機能を持っていて、きっと、楽譜の概念のない、しかも目の不自由な瞽女さんたちが唄を唄い伝えるときに重要だったのが、そういった体で感じる音の表情や雰囲気、すなわちそれが、独特の“響き”だったのではないかと思います。

 「私はこれほど美しい唄を聴いたことがありません。その女の声の中には人生の一切の悲しみと美が、また、一切の苦と喜びが震動していました。」
 これは、ごぜ唄を聴いた時にラフカディオ・ハーンが残した言葉だそうです。

 より多くの人にごぜ唄を親しんでもらうためには、録音を基に楽譜を作り、その形を再現してもらうというのもありかも知れませんが、実際に瞽女として生きた女性たちが幼いころから厳しい鍛錬を受けて声を作り、努力して多くの演目を身につけていった経緯を考えると、形作っただけのものを「ごぜ唄です。」というのはさすがに気が引けるもので、せめて、ごぜ唄を聴いた人の印象が、音楽の知識を度外視した感覚的な“響き”や“震動”といったものになるように努めることが大事だと思うのです。


 瞽女さんは人々を楽しませるために様々なジャンルの演目をレパートリーにしていたので、民謡や端唄や長唄、当時のはやり唄など何でもある中で、現在、敢えてそれらの芸能とごぜ唄を区別しようとするのであれば、こういった“ごぜ唄の在り方”が重要で、それがないならごぜ唄の存在意義はないといっても過言ではないと考えています。

 そして、萱森先生が小林ハルさんから直に受け取ったものを、資料や録音では伝えられないこういった“ごぜ唄の在り方”や感覚的な部分、ハルさんとの思い出や言葉を大切にして私たちに伝えようとして下さることがどんなに貴重で凄いことなのかと、ごぜ唄を始めて間もなく10年を迎えようとしている今だからこそ身に染みて感じています。

 日本人のための音楽療法
 牧野英一郎著「日本人のための音楽療法」
 日本古来の音楽の特徴として書かれた内容が、ごぜ唄のそれと共通する部分が多くあり、妙に親近感を覚えた本です。

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プロフィール

小関敦子

Author:小関敦子
2011年より、「越後ごぜ唄」演奏者、萱森直子氏に師事。同氏主催、「越後ごぜ唄グループ・さずきもん」所属。
昔、瞽女(ごぜ)と呼ばれた主に盲目の女性旅芸人が人々の娯楽の為に唄い、生業とした唄。それがごぜ唄です。
段物、口説き、民謡やはやり唄など、三味線とごぜ唄独特の荒々しく力強い唄いまわしで弾き語ります。

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